今日はキスの日!!
ということで、魔幻代表バカップルのグレン×シェリーで一本書いて見ました。
途中グレンが暴走して話があっちにそれそうになりましたが、なんとか留めました。
とはいいつつ際どい感じですが……
二人は二章が始まる前から付き合ってるんで、この話の時には交際から二年弱?
キスもハグも当たり前になった、そこそこ長い付き合いのカップルですね。
なのにシェリーがいちゃいちゃするのまだちょっと恥らってるのが可愛い。←親ばか
久々に恋愛書いたー!!
the KISS day.
朝からのバイトが終わり、昼下がりの日差しが穏やかに降り注ぐ窓辺でシェリーは本を読んでいた。ノエルに借りた外国の本で、まだ読み始めたばかりだ。
今月のはじめに誕生日を迎えたグレンのパーティーはこの家で開いた。クライドやアンソニーも呼び、楽しくパーティーしたあと、グレンは帰らないと駄々をこねて泊まっていった。
少しわがままなところのある恋人だが、シェリーはそんな所も好きなのだ。重症である。
あれから半月以上がたち、アンシェント学園は定期テストのシーズンに入っていた。クライドやアンソニーは真面目にテスト勉強を始めたが、グレンはというと早く帰れて部活もないのを良い事にシェリーの家にばかり来る。今日も夕方になれば、彼がここに来るだろう。
「今日はキスの日、かあ」
いま読んでいる本に書いてある。日本では今日がキスの日らしい。だからといって何があるわけでもないのだろうが、少し意識してしまう。
本の中の二人は喧嘩中だったが、数ページ前の展開でキスの日をきっかけに仲直りした。現在は夫が会社で終電の時間を気にしていて、妻はひとり寂しく家で待っている。これからどんな展開になるのだろう。
そして、自分たちも。
今はこうして学生であるグレンと共にいられるが、彼が卒業して街を出て行くときにはどうなるのだろう。一緒に連れて行って欲しいと思うが、彼の夢を邪魔することになるのなら自分は引き下がるべきだ。
最近のシェリーはそんなことばかり考えてしまって、気が滅入ることが多い。最終学年も九月までだ。あともう少しで、グレンとの別れを決断しなければならないのかもしれない。
ドアチャイムが鳴って時計を見ると、三時すぎだった。まだグレンが来るには早い時間だろうと思ってドアを開けてみたが、スポーツバッグを肩から下げた制服姿のグレンがそこにいた。
「え、っと」
「昨日言わなかったか? 四限が休講になったんだ」
「言ってないよ、びっくりした」
「何か考え事してたのか? 元気ないぞ」
いいながらグレンは上がってきて、シェリーのベッドに座って床にバッグを投げた。シェリーは玄関の扉を閉めて、グレンの後を追いかけて自分も座る。
「色々、考えちゃって」
「また嫌がらせされたのか?」
「違うよ、グレンとのこと」
「……俺との?」
グレンは表情を曇らせる。何と言っていいのか分からずに黙ってしまい、気まずい沈黙が生まれた。
「俺と一緒にいるの、嫌になったのか」
「そうじゃないよ」
「じゃあなんで、俺との関係を考えて暗い顔するんだよ」
「……あたしたち、別れなきゃならないのかなって、思っちゃって」
「はあ? 何でだよ」
「グレンはこの街を出て行くから」
彼の顔を見ることができない。
沈黙が痛い。
グレンもシェリーも、何も言わずに時が過ぎる。やがて、グレンが大きな溜息をついた。
「あのさ。これ、いつ言っていいかわからなかったからずっと言わなかったんだけど」
静かな声でグレンが切り出して、嫌な沈黙が嫌な空気になって広がったような気がした。
別れ話をされるのだろうか。まだ心の準備ができていない。
ずるいかもしれないが、今は言わせたくない。どうしよう。
――そうだ、
「グレン、キスしよう!」
わざと明るく言って顔を上げると、グレンは真顔のまま固まった。
「今日ね、日本ではキスの日なんだって。だから、キスしようグレン」
頑張って明るいテンションを保ってみたが、だんだん失速して最後には消え入るような声になってしまった。グレンは何度か瞬きすると、仕方なさそうな笑みを浮かべた。
「突然何言い出すかと思ったら。驚くだろ」
慣れた手つきで当たり前のようにシェリーを引き寄せて、グレンはシェリーの額にキスを落とす。
こんな風に扱われるのも、キスするのも抱き合うのも当たり前になってしまった。この当たり前の幸せが、今日で終わるなんて辛すぎる。
「……なんで泣くんだよ」
言われて、自分が泣いていることに気づいた。慌ててグレンから距離をとろうとするが、ぎゅっと抱きしめられて無理だった。諦めて彼の胸に頬を預ける。
「グレンが、おでこにするから」
「嘘言うなよ」
「嘘じゃない」
「絶対嘘」
「嘘じゃないったら!」
思わず大声で言って、グレンを睨みあげようとするとそのまま唇をふさがれた。柔らかいグレンの唇。
目を閉じると、涙が止まらなくなった。
どうしようもなかった。どんなに可愛くなってみても、どんなにグレンを気遣ってみても、グレンが夢のためにこの街を出る事実は変わらない。
「シェリー、泣くなよ」
「泣いて、ないよ……」
「意地っ張りだな、相変わらず」
グレンはシェリーをぎゅっと抱きしめる。彼の心音が心地よく耳に届く。世界一幸せで、世界一悲しい場所にシェリーはいた。彼の目にはもう、きっと歌手になる夢しか映っていない。
「俺は、お前のことずっとずっと変わらずに好きだけど。それじゃ不満なのか」
餞別のことばのつもりなのだろうか。そんな優しい嘘はいらない。ただ、一緒にいたいだけなのだ。
「……ない」
泣きながら、グレンの胸に頬をうずめる。もう言葉を出すのがつらいほど、涙は止まらない。
「ん? ごめん、もう一度言ってくれ」
グレンは優しくシェリーの頭を撫でながら、耳元でそう言った。
「別れたくない。行かないで」
「……は?」
グレンは驚いたように呟き、シェリーを引き離した。シェリーはこのまま引き離されたらグレンがどこかに行ってしまうと思って、彼の胸元に縋る。
「やだ、離れたくないよ」
「おい、何かお前勘違いしてないか」
呆れたような言葉は、ぐさりと心に刺さった。
ずっと両想いだったと思い込んでいたのは自分だけだったのだろうか? この幸せな時間はすべて勘違いだったのだろうか。そんな結末は悲しすぎる。
「勘違い、だったんだ」
力なくうなだれると、グレンはシェリーの顎を掴んで無理矢理視線を合わせようとしてきた。その少し乱暴な挙動が怖くて、目をつぶるとキスされた。
どこまでも優しいキスだ。このままこの優しさに甘えたら最後にされてしまいそうで、シェリーは非力な腕で必死に彼から逃れようとする。そうするとグレンはキスしながらシェリーを力強く抱きしめ、しばらくして唇が離れた後もずっとそうして抱きしめていた。
「なあ、俺がいつお前を手放すなんて言った? 誰かに言われたのか? 誰だ? 言えよ、殴ってくる。そんなこと吹き込むなんて絶対ろくな奴じゃない」
「違う、そういうんじゃない」
「じゃあ何だ? なんで急にこんな不安になってるんだよ。理由は教えてくれねえの?」
抱きしめられた姿勢は顔を見なくて済むから嬉しかった。シェリーは小さく息を吐いて、グレンの背中に腕を回す。
「もうすぐグレンは出て行くから。この街を出て、都会へ行くから」
「……だから、なんでそれで泣くんだよ?」
グレンはわけがわからないといった様子で尋ねてくるが、シェリーはまた涙がこみ上げてくるのを堪えられずに暫く黙り込んだ。
「だって、そしたらあたしたち、もう」
「あー! そういうことか。納得した」
搾り出すような言葉を聞き取ると、グレンはシェリーを離し、両肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。
「俺がお前を置いて出て行くと思ったのか」
言葉が出せなくて頷くと、グレンはシェリーの頭を撫でた。少し乱暴な手つきだが、シェリーはこうして頭を撫でてもらうのが大好きだった。グレンはシェリーの名前を優しく呼び、再び胸へと引き寄せてくれる。
「置いていくつもりなんて全くねえよ。……一緒に暮らそう」
「え?」
顔を上げると、至近距離でグレンは微笑んでいた。足手まといになりそうなシェリーを、彼は連れて行くとたしかに言った。信じられなくて固まっていると、グレンはシェリーを見つめたまま続ける。
「ていうか、置いていくの不安だし、その…… 俺がもたないと思うし」
「それ、って」
なら、グレンの言った勘違いの意味は今までの二人の関係のことではなかったということなのだろうか。もしそうなら、シェリーは勝手に泣いて勝手に悲しんでグレンを困らせてしまった。
「ごめんな、ついてきてくれってはっきり言えなかった。だってそれプロポーズみたいになるだろ。照れくさくてさ」
「……グレンのばか」
「悪い。いっぱい泣かせちまったし。でも嬉しかった、お前ってなかなか好きって言ってくれないからさ」
照れたように笑って、グレンはシェリーを抱きしめた。そうしてそのままベッドに寝転び、乱れたシェリーの髪を手櫛ですいてくれる。
「ずっと、俺と一緒にいてくれ。ついてきてくれるよな、シェリー」
「うん…… 連れてって、グレン」
グレンはシェリーを優しく抱きしめて、ゆっくり体勢を変えてシェリーの上に重なる。そうしながら何度もキスをして、愛しげに見つめながら頭を撫でてくれる。
「なあ、シェリー。俺のこと好きか」
初めて彼にそう尋ねられたときのように、シェリーは照れながらも好きだよと囁いた。あの時とは違う。もっと心も身体も距離が近くなって、二人は切り離せない関係になった。
「もういっかい」
「好き」
「もっと」
「……グレン、好き。愛してる」
微笑んだグレンはシェリーの首筋にキスし、鎖骨にもキスし、目が合うと唇にもういちどキスしてから額にキスしてくれた。
彼の柔らかな唇は熱を帯び、優しいだけでなくやや乱暴なところがシェリーにとっては嬉しかった。強引な彼も嫌いじゃない。どころか、ちょっと好きだったりするから本当に重症だとシェリーは思う。
「ていうかさ。キスしよ、ってびっくりしたけど嬉しかったぞ」
シェリーの手の甲にキスしながらグレンはにやにや笑う。間違いない、これはイタズラするときの目だ。
「誘ってくれよ、シェリー。キスしようって」
グレンはそう言いながら、シェリーの前髪をかきわけて頬を撫でる。一気に恥ずかしくなって逃れようとするが、自分より四十センチも大きい男が上に乗っていて自由がきくはずがなかった。
「さ、さそっ……! そんなつもりじゃ、なかったしっ」
「あんな可愛い誘惑断てねえだろ」
「違、そ、そんなんじゃないよ」
きっと今、顔が赤くなっているに違いない。グレンが凄く楽しそうにシェリーを眺めているのだから。恥ずかしくて暴れてみようとするが、グレンはシェリーの両足に体重をかけ、なおかつ両手をいとも簡単に押さえつけてしまう。
「言わないとこのまま襲うぞ、シェリー」
額をくっつけるようにして囁かれ、いよいよ心臓がもたないとシェリーは感じる。動けない上にグレンの端正な顔が目の前にあり、身体は密着しているのだ。きっとこの早くなった鼓動も、彼に筒抜けに違いない。
まっすぐに彼の熱っぽい視線が注がれ、のぼせるような気分でシェリーはグレンを見つめ返す。
「だめ、言ったらもっと襲う気じゃん、グレン……」
「あはは、ばれた」
快活な笑みは清々しく、見ていて胸がすっとするようないつものグレンそのものだった。シェリーは彼の顔をそれ以上まともにみられなかったが、その顔を見ずに彼の頭を撫でる。
「何、俺の頭そんなに好き?」
「好き。さらさらしてる」
「……っ、ああもう」
グレンはにやついた口元を押さえてシェリーから視線を外す。どうやら照れているらしい。シェリーは微笑みながらグレンの頬に触れ、彼をまっすぐに見つめて囁く。
「グレン、キスして」
グレンは満足そうに微笑むと、シェリーの鼻や頬にキスし、頬ずりしてくすくす笑う。
「いいけど、止められないからな」
「えっ」
そこからのグレンは本当に止められない状態で、シェリーの首筋にいくつもキスマークをつけながらブラウスに手をかけてくる。
シェリーは自分から誘ったものの、やはり恥ずかしくなってきて少し抵抗してみた。けれどグレンは押しのけようとする手をいとも簡単に振り払い、指先にキスしながらボタンをひとつずつ外していった。
心臓が飛び出しそうなほど高鳴る。拒絶しようとは思わないが、毎回シェリーは緊張してしまうのだ。
せめてカーテンを閉じて、わずかでも部屋を暗くしてもらえるように頼んでみようか。シェリーは意を決してグレンの肩に手を添える。
しかし、グレンがシェリーを見つめながらボタンを外したブラウスに手を入れようとしたとたん、
きゅうぅう〜……
「……」
鳴った。
このタイミングで鳴った。
シェリーは先ほどまでとは別の意味で恥ずかしくなって押し黙り、グレンはシェリーに馬乗りになった姿勢のまま固まった。
見詰め合ったまま、沈黙すること数秒。
「……ぷっ」
「ふふ、ご、ごめん」
どちらともなく笑い出してしまって、グレンはシェリーの上からどいて隣に寝転んだ。ふたりで声を上げて笑い転げ、腹筋が痛くなったころようやく笑いは収まった。
「何だよもう、タイミング悪すぎだって…… くくっ、あははは」
「ほんと、なにあれ、あははっ」
笑いすぎて呼吸が荒くなり、肩を上下させながら二人で起き上がる。シェリーが滲んだ涙を指で拭っていると、グレンは髪をかきあげながらシェリーを抱き寄せてくる。
「はー、本当楽しい」
「ごはんにしよ、鳴いてないだけでグレンだってお腹すいてるでしょ?」
「まあな。何にしようか」
ベッドから降りて二人でキッチンに向かい、冷蔵庫に入っていた食材でシチューを作る。二人ならんでキッチンで料理をしているのがなんだか嬉しくて、くすぐったくて、シェリーは幸せな気持ちになった。
「なあシェリー」
「うん?」
にんじんの皮をむきながらグレンを見ると、真剣にジャガイモの皮を剥きながらグレンは呟くように言う。
「絶対離さないから、これからも毎日こうやって俺のために飯作ってくれ」
「……うん。ごはん作って待ってるね」
シェリーも真面目に皮むきを続けるとして、にんじんに向き直る。
二人で正面を向いたまま黙々と野菜の皮を剥きながら、交わすのは愛の言葉。なんだかおかしくて、とても幸せだ。シェリーは口元に笑みが浮かぶのを堪えずに、にんじんを剥きながら隣のグレンの気配を感じていた。
「好きだ」
正面を向いたままのグレンが言った。
「あたしも」
シェリーも正面を見たままそう呟いた。ちらりとグレンを見ると、それを合図にしたかのように彼はシェリーにキスをした。包丁をもったままなんて危ないと思いつつも、シェリーは目を閉じて彼に甘える。
それはとても甘く満たされた、かけがえのない時間。
ずっともっていた不安が溶けてなくなった今、残ったのは幸せだけだった。このままずっと彼の隣で一緒に過ごせたら、他に何も望まない。
窓の外はもう夕暮れだ。暖かなオレンジに染まった部屋は別世界のようである。やがて夜が来てまた朝になって、それを何度も繰り返していったとしても、変わらずこうやって二人で過ごすのだろう。
幸せな時間はまだまだ続く。
12/05/23/