どうしよう。明日、ホワイトデーだった。
レストランでディナー。
バレンタインに、彼女からそんな思いがけないプレゼントをもらった。
彼女は女優だから、普段ならあまり人目につくような場所でデートできないのに。
なのにノーチェは誘ってくれて、レストランの予約までしてくれた。
だから僕は、今年のお返しは豪華にしようってきめていた。
けれど何にするかで悩んで、結局今に至るまで決まっていない。
「セルジ、どうしたの」
お。良いところにハビ登場。
彼にはいつも、色々な悩みを聞いてもらっている。
ノーチェがらみのことから、仕事のこととか将来のこととかに至るまでを全部。
僕は、悩んだらハビに相談することにしている。
なんにでも的確なアドバイスをくれて、僕が前に進めるよう後押ししてくれる彼の存在は、本当に大きなものだ。
それはもう、彼の身長以上に。
「ノーチェに何かしてあげたいんだけど、どうすればいいかな?」
「直接聞いてみればいいんじゃないかな」
いや、それはもう聞いた。
そうすればいつも同じ答えが返って来ることを僕は知っていたけれど。
「ノーチェ、『貴方がいてくれるだけでいい』なんて可愛いこと言い出すから」
本当に、彼女は凄い女の子だ。
僕の心の奥底を的確に捉えて離さない。
彼女は外見がいいだけじゃなくて、中身まで清楚で可憐な女の子だ。
本当の意味で『美人』な彼女は、僕には勿体無いぐらい素敵な人だと思う。
「僕が間接的に聞いておくよ。婚約指輪なんて言われても、焦らないでね」
「大丈夫、それはないから」
そう否定しておくが、もしも彼女がそんなことを言い出したらどうしようか。
まずは止めようか。こんな凡人の僕と結婚して、ノーチェの人気が落ちたら困る。
僕個人の考えなら、このままノーチェと結婚してしまおうかという気はある。
でも、僕らは違いすぎるから。この関係を壊してしまいたくなくて、僕はまだ踏み出せずにいる。
とりあえずハビの心遣いに感謝しつつ、僕は研究室に向かった。
六歳も離れていて、容姿も天地の差で、僕らはお世辞にもつりあっているとはいえないと思う。
同じ人種であるということが幸いして、それほど奇異には見えないのが救いだけれど、ノーチェに対して「趣味が悪い」と思う人は多そうだ。
そして僕に対しては「よほど運が良かったんだろう」とか「ホステスとその客か?」ぐらいに思われているに違いない。
美容師志望の割りに僕はそれほど整っていなくて、人に言わせるとカッコいいと微妙の中間。
僕の周りに美形が多すぎるせいで、僕がそう見えるのかもしれない。
けれど僕の容姿は本当に普通で、鏡を見ているのが嫌になる。ノーチェは無理してるのか、僕の容姿を褒めてくれたりする。
研究室に入ると、中にはマーティンしかいなかった。
マーティンはちらりとこちらを見上げてから、ポケットの中に入っていたタバコを出した。
銘柄は『ネイビー』、マーティンの愛飲だ。
「どうかしたか? 浮かねえ顔してる」
「ちょっとね。考え事」
言いながらパソコンの電源をつけると、マーティンはふんと鼻で笑う。
高慢な態度。それが彼の普通。
この研究所には、『普通』が凄すぎる人が沢山いる。
ハビはまず、身長からして普通じゃない。だから、どんなに普通のことをしていても普通に見えない。
ミンイェンは普通に部屋にホルマリン漬けを飾るし、レンティーノは普通に私服がスーツ。
ノーチェは普通に女優やってるし、マーティンは普通に卑猥で、普通に遊んでる。
「言ってみな。てめえの悩みなんざ、どうせノーチェのことだけだろうがな」
マーティンからこんなことを言ってくれるなんて珍しい。
どんな答えが返って来るんだろうと思いつつ、僕は彼に言った。
「明日、彼女に何をプレゼントしようか悩んでるんだよ」
「ふうん。抱いてやれ」
即答でそれ?
「不謹慎」
だから僕も、即答で返した。
マーティンは楽しそうに笑いながら、僕の反応をみて喜んでいるようだった。
「あいつはお前にされるなら、どんなことでも喜ぶからな」
まだからかい口調だけど、彼の言葉は正論だ。
僕が何かノーチェにして、拒否されたためしがない。
何を贈っても喜ばれたし、どこに連れて行っても彼女は始終笑顔でいた。
初デートが深夜の廃ビルでも、初プレゼントが素焼きの植木鉢でも。
後から考えると何してるんだろうって思うような変なことでも、ノーチェは凄く喜んでくれた。
「だから困ってるんだ。何でもいいって答えが、一番困る」
「じゃあ、どっか連れて行ってやれ。何なら俺がホテルでも紹介しようか?」
「マーティン、そういうことばかり言ってるからモテないんだよ」
軽く流しつつ、真剣に思案する。
映画とかに連れて行くっていう手もあるのか。二人っきりの空間って、いいかもしれない。
ちらりと脳裏をカフェ・ロジェッタがよぎったが、すぐに消す。
カフェは静かだけれど、知り合いはいないところがいい。きっとノーチェが無駄な気を遣うだろうから。
頭を抱え込むと、マーティンは楽しそうに笑った。
「ほら」
ばさっと音がして、顔を上げると僕のパソコンに雑誌が被せてあった。
いつもマーティンが読んでる、アダルトな雑誌じゃない。
それは女の子向けの雑誌だ。
「ヘンリーが持ってたんだ。娘が雑誌にのめりこんで勉強しないから、取り上げたらしい」
「へえ」
「開いてみな」
言われるがまま、手を伸ばしてモニターに被さった雑誌をとってみる。
パソコンに被せる際にマーティンが開いたページを見てみると、『アンケート』の文字が目に入った。
「ホワイトデーに恋人から貰って嬉しいもの、ベストファイブ?」
「どれも俺の柄じゃない」
確かに。下位から読み進めていったが、どれもマーティンが贈っていたらちょっと変に見えるものばかりだ。
「五位、スイーツ。四位、アクセサリー。三位、ブランド品、二位、彼の手作りならなんでもいい? で、一位…… キス」
女の子の思考は良く解らない。一体なんで、こんな投票結果になるのだろう。
セルジは首を捻りつつ、雑誌をマーティンに渡す。
マーティンは雑誌の文面を興味なさそうに眺め、にやりと笑った。
「俺はそこから先を」
「はい、発言禁止。いくら人がいないからって、言いたい放題言い過ぎだよ。一応君も大人でしょ」
「ああ、一応な。ココロはまだまだ少年だ」
「言った僕が馬鹿だったみたい……」
少年だなんて。マーティンはそんな純粋無垢な男ではない。
思慮深いとも言えないが、かといって向こう見ずなこともしない。
ある意味、少年という言葉が最も似合わないのはこの男なんじゃないかと僕は思う。
「マーティン、ありがとう」
「決まったか? 何するか」
「……まだ。けど、考えとく」
「おう。せいぜい頑張りな」
生意気な口調。
けれどもこれが、彼の普通。
仕事が終わって、僕は部屋に戻った。
ノーチェはブランド品にこだわらないから、何がすきか解らない。
スイーツって言ったって色々あるけれど、今のところこれが最も有力だ。
手作りのものとかアクセサリーとかは、明日中になんとかできるかもしれない。一応これらも視野にいれておこう。
ホワイトデーなんて、製菓会社の政略だ。
解ってるけど、ノーチェが僕にしてくれたことって大きいから。
何かお返ししてあげたいなって、僕は思うんだ。
そして、そのお返しにキスひとつっていうのも何だか割が合わない気がして微妙だと思う。
それにキスなんて、人の目が気になってできないだけであって、しようと思えばいつでもできるから。
「うー……」
ノーチェの本心を知りたい。
本当は『いるだけでいい』なんてことは絶対無いと思う。
悶々と悩んでいると、ドアをノックされた。キーを解除すると、ハビが入ってくる。
「聞けたよ、ノーチェの欲しいもの」
「何だった?」
ベッドに座った姿勢のまま、僕はハビを見上げた。
ハビは楽しそうに微笑して、言った。
「君とのツーショット写真」
「それだけ?」
「まだあるよ。ペアのアクセサリー」
そういえば僕らは、報道関係の人たちに関係を隠したいがために、一緒に写真をとったり同じアクセサリーをつけたりすることはなかった。
ノーチェとしてはそれが不満だったのかもしれない。
「他には?」
「君からの甘い言葉」
「……他に」
「アロマキャンドル」
「うん」
ようやく実用的なものがでてきた。
僕はさっきまでの調子で「甘い」シリーズを求められたらどうしようかと内心びくついていた。
「入浴剤とかも欲しがってたなあ」
「そっか。他には?」
「僕がきいた範囲では、これだけ」
え、これだけ? 本当に、ノーチェって謙虚な子だ。
瞬きしながら無言でハビを見ると、彼は僕に微笑みかけた。
「デートにでも誘ってあげたら? きっと喜ぶよ、ノーチェ」
言い残して、ハビは出て行った。僕は呆然とその背中を見送ってから、ベッドに仰向けになって考える。
デート? ……どこへ行けばいいんだろう。
翌日、つまりホワイトデー当日。
ノーチェは朝早くから仕事に行ってしまった。撮影があるとか何とかで、僕が目覚めるより早く仕事に行っちゃったんだ。
僕は結局彼女を呼び止めることができなかったので、とりあえずデパートに行った。
ホワイトデー関連のコーナーがいくつかできていたから、眺めてみる。
デパートのテナントの雑貨屋に行ってみると、ノーチェがほしがっていそうなバスグッズを見つけた。アロマキャンドルもいくつか選って買ってみる。
ペアアクセサリーは女の子向けのアクセサリーショップでみつけた。
帰りにキャンディとマシュマロを買って、僕はデパートを後にした。
僕は相当変な人だったに違いない。一人で悩みながら、女の子向けの店ばかり巡っていたんだから。
買い物を終えて研究所に戻ると、午後一時を少し回った頃だった。そういえばお昼がまだだったから、僕は十階の社員食堂に寄った。
注文してから出来上がるのを待つ間に、ペアアクセサリーの片方をつけてみた。シルバーのプレートが、照明を反射してきらりと光る。
僕はアクセサリーの類はつけないけれど、これだったら毎日つけていたいと思える。
食事をしていると、誰かが後ろから僕の肩をとんと叩いた。
振り返ると、そこには僕の愛する彼女がいた。
「セルジ、おはよう」
「もうおはようっていう時間帯じゃないよ、ノーチェ」
僕は急いで定食を平らげて、ノーチェを自室に呼んだ。
二人で廊下を歩きながら、今日の半日を一体どうやって過ごしていたのか話す。ノーチェは終始笑顔だった。
部屋に入って、二人で身を寄せ合ってソファに座ると、急に僕らは無言になった。
僕は綺麗にラッピングされた雑貨とお菓子をノーチェに渡した。
「あ、ありがとう」
ノーチェは驚いたように目を見開いて、僕からのプレゼントを受け取ってくれる。
僕はそんなノーチェを見て、首をかしげる。
「気に入らなかった?」
「ううん。だって、セルジがプレゼントをくれるなんて。どうしたの、いきなり?」
なんか、嫌な予感。まさかとは思うけど、ノーチェ。
「今日はホワイトデーだよ」
「あ。そういえばそうだった!」
……嘘。忘れてたの、ノーチェ?
僕はこんなにもこの日のために悩んでいたのに、君にとってはどうでもよかったのか……。
ハビもきっと、ノーチェに「ホワイトデーに何が欲しいか」を聞いたわけはなかったんだろう。
ちょっと落胆した。
でもノーチェが嬉しそうに袋の中身を見ているから、何だかそんなこともどうでも良くなってくる。
「セルジ、ありがと!」
物凄く楽しそうに、ノーチェは笑っている。そんなノーチェが可愛すぎて、僕はちょっと照れた。
「ノーチェ。ちょっと」
静かに声をかけると、ノーチェは嬉しそうな微笑のままこっちを向いた。
僕はノーチェに抱きつくようにして、首にネックレスをかけてあげる。
ペアで買ったネックレス。長方形のプレートに模様が彫られているデザインで、二人でそれをくっつければ、表面に彫られた模様が『永遠の絆』なんて言葉になる。
「これ、おそろい?」
僕の胸元を見て、ノーチェは呟いた。頷きながら微笑むと、ノーチェは頬に手を当ててそっぽ向いてしまう。
けれど、赤くなった頬を隠すようにして俯いた彼女が呟いた言葉を、僕はしっかり聞いた。
「夢みたい」
嬉しそうな、とても嬉しそうな呟きだった。僕は思わず、彼女の細い身体をぎゅっと抱き寄せてしまっていた。
ノーチェは驚きつつも、僕を抱きしめ返してくれる。
「嬉しかったよ、先月誘ってもらえて。僕も君に何かしてあげたいって思ったんだけど、何したらいいか解らなくて」
彼女の耳元で囁きながら、僕は照れ笑いする。
こうすれば自分の顔は彼女に見えなくなるから、僕はどんな恥ずかしい台詞でも言うことができた。
結局のところ、僕は彼女に嫌われるのが怖い。
「ありがとう、セルジ」
僕は微笑し、彼女をぎゅっと抱きしめた。
背中に回ってきた彼女の細い腕が、どうしようもなく嬉しくて。
鎖骨に感じる暖かい吐息が、どうしようもなく嬉しくて。
僕は世界一の幸せ者だ。ノーチェにとってもそうであれば、それ以上望むものなんて何もない。
「君が望むなら、何でもしてあげたいって思ってる」
「何でも? なら、ひとつお願いしてもいいかな」
「うん、何をして欲しい?」
僕はノーチェの髪に指を絡めながら、彼女の頭に頬を乗せた。
こんな幸せ、他にない。
僕は至福に浸りながら、ノーチェの『お願い』を待った。
やがてノーチェが小さく笑う気配があって、僕の耳元に微かな吐息がかかって、
「交際宣言、許可して?」
囁かれた言葉に、思わず固まった。
「……はい?」
呆けた声を上げると、ノーチェはそっと僕から腕を離し、僕の顔を見上げた。
楽しそうな顔だった。僕が怯んで何も言えなくなると、ノーチェはますます楽しそうにした。
「週刊誌にすでに何度か載ってるし、今更隠すこともないと思うの。だから、交際宣言を許可して欲しいな」
「や、えっと。それって」
どういう意味? まさかとは思うけど、ノーチェ。
君は僕との関係を、マスコミに公開しちゃうつもりでいるんじゃないだろうな?
ノーチェは楽しそうに笑いながら、僕の胸に背中を預けてくる。
彼女を抱きとめて、僕はその横顔を覗き込む。
「私がセルジの恋人だっていうことを、全世界に報道するの。そうしたら、堂々とそと歩けるでしょ?」
思ったとおり、大それたことを言い出すノーチェ。
僕は驚いたし、勿論反対の気持ちだってあった。
現に何度か載った週刊誌で、僕は散々叩かれている。
ノーチェに対する不満の声も上がってる。何で僕みたいな男を選んだのかって、世間ではそういうんだ。
「君って、本当に凄い人だ」
彼女も、交際宣言なんてしたらどうなるかを熟知しているはずだった。
それでも僕との仲を公にしたいと言うのだから、ノーチェの方が僕なんかよりずっと度胸が据わってると思う。
「どうなるか、解ってるよね? 君の評判、確実に落ちるよ」
「本物の女優なら、どんな逆境にあっても必ず輝ける。本当に私の演技を評価してくれる人なら、いつまでもファンでいてくれるはずだと思わない? それに」
ノーチェはそこで一旦言葉を切り、僕がつけてあげたネックレスを愛しげに見下ろした。
「貴方は心優しくて情熱的な、素敵な人。私は貴方と一緒にいることを、誇りに思ってるから」
ノーチェは、自分の人気なんて気にしていない。
ただ、女優であり続けようとしているだけなんだ。
なんてひた向きなんだろう、この子。
そして、何この殺し文句は。ノーチェは僕のことを、そんな風に見ていてくれたんだね。
「……ノーチェ」
小さく名前を呼び、その艶やかな唇にキスを落とした。
「ますます、君に惚れた」
彼女の耳元で呟くと、その横顔にさっと赤みが差すのを見ることができた。
「ちょ、そんな恥ずかしいこと言わないでよ」
ノーチェは恥ずかしがっているけれど、優しい笑みは絶やさないままだ。僕はそんな可愛らしい彼女を軽く抱きしめて、再びキスをした。
甘い甘い雰囲気の中で、僕は彼女の瞳を見つめて微笑む。
ここにいるだけでいい。僕はこの子と、ずっとこうして傍にいられればそれでいい。彼女が何よりも大切で、誰よりも愛しい人だから。
三月十四日。
恋人からの甘い気持ちにお返しをする日は、別にこの日じゃなくて良いんだけど。
製菓会社が作ったこの『返す義務がある日』は、色んなエピソードのきっかけになってくれる日だ。
商略に載せられてみるのも、悪くはないなと僕は思った。
END
シメが微妙です。セルジが変態臭いし(ヲイ
セルジ+ノーチェ=バカップルって感じで(え
いや、魔幻や幻影のどの話でも、一番のバカップルはグレシェ(!)でしょうが。
ノエルとサラのふたりだと、サラがいつも一歩ひいてるのでノエルが迫ってる感がどうしても拭えないんだよね(笑
それはそれで好みって言う人も居ますが(ヲイ
とりあえず、甘甘の二乗って感じですが完成です。ようやく。
あたしが恋愛書くとどうしても砂糖吐くか背筋がぶるっとくるかのどっちかになる(笑
[actress in love.]は、携帯版本館にあります。
07/03/14
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