ある冬の昼下がり。
研究所二階にある広いロビーで、ハビはセルジと談話していた。
部屋に雑誌を取りに行くと言ってセルジがエレベーターに乗ってしまったので、ハビは今、一人で真っ白なソファに座ってくつろいでいる。
忙しそうな研究員達が時々このロビーを横切っていくが、セルジはまだこない。
五分あまりがたった時、ようやく彼がエレベーターフロアから歩いてきた。
しかし、手に持っているのは雑誌ではないようだ。
「忘年会で劇やれってさ」
不服そうなセルジは、薄っぺらな本を机の上に投げながら言った。
「どうして不満そうにしてるの、セルジ?」
あくまで穏やかなハビに、セルジは盛大にため息をついて見せた。
そして、今投げ捨てた台本をハビに見せる。
赤ずきん。
キャストは、
あかずきん ノーチェ
猟師 セルジ
おじいさん ハビ
おとうさん レンティ
狼 マーティン
少年 明焔
である。
この物語の内容を頭に思い浮かべ、ハビは瞬時にセルジが不服そうにしている訳を悟った。
「そうか。ノーチェと恋人設定じゃないからね、この物語は」
普通、いい歳した大人の男が劇をやるという時点で不満を言うべきだと思う。
だが、セルジの不満はハビが言い当てた通りらしい。
「そう、そこなんだよ! しかも、何だ『少年』って」
「多分……」
ぼやくセルジに向かって言いかけたところで、『少年』が白衣を翻しながら走ってくる。
彼のことだ。エレベーターをフル稼働させて、レンティーノやマーティンにも愚痴りに行ったに違いない。
「ねえ見たこれ? 役が足りないからって付け足しなんだっ!! 酷いよう!」
嘆く彼の手には、薄っぺらな台本。
どうやら、役者全員の部屋にこれがいきわたっているようだ。
ハビはセルジに借りた台本で、改めて自分の役を見てみる。
……おじいさん?
「あれ? あかずきんって、おばあさんの家に行くんじゃなかった?」
言って見ると、セルジが小さく笑う。
「少年出てる時点で話が変わってるから、おじいさんでいいんじゃない?」
なるほど。それもそうか。
ハビは納得し、『おじいさん』の台詞を確認する。
少ない台詞だし、この物語は王道なのですぐに覚えた。
数週間の練習期間が与えられたが、まともに練習しているのは主役のノーチェぐらいのものだった。
そして、忘年会当日。
ナレーターとしてクライドを引っ張ってきて、準備を整えた。
セットを組み、舞台袖に入る。衣装は各自で『それっぽいもの』を適当に用意したが、やはりノーチェはこだわって中世風の衣装を作っていた。
レンティーノはもともと私服が中世っぽいので、二人だけ浮いてる。
「ま、衣装なんかどうにかだるだろ」
言うマーティンには、ふさふさした尻尾。
彼にしては、手の込んだ小道具だ。
それはベルトに結び付けてあるようで、長めのシャツで結び目は隠してある。
「それどこから調達してきたの、マーティン」
「日本のなんとかハンズってところで売ってるらしいな。コタツに渡された」
日本の学生ってすごい。
ハビはすなおにそう思い、自分の服装をみた。
『おじいさん』役。
ハビは老人になっても今と格好が変わらないだろうから、通常通り白のシャツに黒いズボンというスタイルだ。
セルジは猟友会的な格好で、猟銃をかついで舞台袖に隠れている。
目が合うと、彼は猟銃を構えて撃つフリをしてみせてくれた。
軽く笑った時、マイクの電源が入るノイズが聞こえた。
「えーっと? 次は…… “幻影”代表の六人による『赤ずきん』、開演します!」
司会進行のグレンの合図で、何だか微妙な劇が始まった。
+あかずきん+
あるところに、可愛らしい女の子がいました。
女の子はいつでも赤いバンダナを髪につけていたので、赤ずきんちゃんと呼ばれていました。
赤ずきんは、町の金物屋にお父さんと二人ですんでいました。
「ノーチェ、おじいさんに赤ワインとパンを届けてくれませんか? ひどい風邪を引いてしまったようで、今は起き上がることすらできないのだそうです」
お父さんはとても物腰が低く紳士な方でしたから、娘に対しても丁寧語です。
「解ったよ、おじいちゃんの所でしょ? 森に入ってから、ずっと真っ直ぐだよね?」
「ええ、そうです。本当は私が行けば良いのですが、仕事が詰まっていまして……」
お父さんは苦笑しながら、作りかけの鍋やら包丁やらを指差します。
赤ずきんは少し微笑んで、ワインとパンが入ったバスケットをひょいと片手に持ちました。
「頑張ってね、お父さん!」
元気のいい笑顔を残して、赤ずきんは森へ向かいます。
森に向かう途中、赤ずきんは奇妙な少年をみかけました。
前髪が長く、小柄な少年です。
少年は、手に花の入った籠を持ってうろたえていました。
「どうしたの?」
声をかけると、少年はがっくりと肩を落とします。
「花屋のバイト。だけどね、なかなか売れなくて困ってるんだ」
「それは大変だね」
世の中、厳しい時代です。
どこの家も、裕福とはいえない状態でした。
赤ずきんの家はまだ安定している方でしたが、赤ずきんの友達には貧困で苦しんでいる子が何人もいます。
「これが売れないと、うちに帰って父さんにぶたれるんだ。うちにはお金がないから、クリスマスにはご馳走どころか普通の食事すらできなかったし」
泣きそうな声で言い、少年は籠いっぱいの花を見つめます。
某童話の少女と境遇が被っている気がしますが、スルーしましょう。
赤ずきんは少年を哀れに思い、ポケットから銀貨を取り出しました。
「森のおじいちゃんに差し入れを届けにいくの。お花も持っていったら、きっと喜ぶよね?」
微笑みながら、赤ずきんは少年の手のひらに銀貨を乗せます。
とたんに、少年が笑顔になりました。
前髪が長いせいで目は見えませんが、とても嬉しそうです。
「わあい! 買ってくれるのっ? ありがとう!」
言いながら、少年は籠に入っていた花を半分ほど赤ずきんに渡してくれました。
赤ずきんはにっこりと微笑んで、少年に手を振ります。
「頑張ってね!」
「うん! 君も頑張って!」
少年は嬉しそうに町の真ん中へ駆けていき、赤ずきんは微笑みながら森へ入っていきました。
その頃、おじいさんはベッドの中でため息をついていました。
「ああ、森の中に家なんて作るんじゃなかった」
とは言ったものの、街は色々と物騒です。
土地もないですし、様々な方面から税をもっていかれるますし、何より煩くてかないません。
その点、森にいれば静かですし、広々と過ごせますし、存在がバレない限り税もとられません。
「三日間何も食べてないからなあ……」
呟いた時、玄関のドアを控えめにノックされました。
おじいさんは裕福ではないので、外にいる誰かを強盗ではないと判断します。
「はい? 開けていいよ」
嗄れ声で言うと、黒髪の可愛らしい女の子が家に入ってきました。
髪には、おじいさんがプレゼントした赤いバンダナ。
赤ずきんです。
「ノーチェ。よくきたね」
見知った孫に、おじいさんは笑顔になります。
ですが、赤ずきんの様子がおかしいのです。
何処がおかしいのでしょう。
よく目を凝らして見て、おじいさんは赤ずきんの目が蒼くなっていることに気づきます。
「あれ、目の色どうしたの?」
呟いてから、はっとしました。
赤ずきんの目の色は、蒼ではなく漆黒なのです。
この時代、カラーコンタクトレンズなんていう便利なものはありません。
何者かが、赤ずきんのふりをしているとしか考えられないのです。
この赤ずきんが偽物であると確信した途端、おじいさんは赤ずきんの姿をした別の何かに首を絞められました。
「な…… 何のつもりだっ」
「ふふ。おじいさん、貴方って本当馬鹿よね?」
明らかに赤ずきんのものとは違う声と、邪気を放つ微笑。
おじいさんは抵抗しようとしますが、風邪で弱った身体はなかなかいうことを聞いてくれません。
やがておじいさんは、ぐったりと力をなくしてしまいます。
「俺、男と老人は喰わない主義なのー。ジジイは思いっきりアウト」
おじいさんから離れた偽赤ずきんは、にやりと笑います。
そして、赤ずきんの姿から蒼い髪の青年へと姿を変えました。
青年には、髪と同じ蒼い色をした耳と尻尾がついています。
そう。この青年こそが、この森にすむ狼なのでした。
「ここで待ってりゃ、カワイイ女の子がくるんだろ?」
舌なめずりをしながらベッドに腰掛けて、狼は楽しげに鼻歌を奏でます。
「さあて、俺を楽しませな? カワイイ子ちゃん」
邪悪な狼が待つ家に、赤ずきんはそろそろ到着してしまいます。
何も知らない赤ずきんは、森の奥へと歩いていきます。
やがて、立派な庭付き一戸建ての木造住宅が見えてきました。
何と、これがおじいさんのハンドメイドです。
おじいさんは若い頃大工をやっていたので、家の施工も自分でやっていました。
「おじいちゃん、差し入れ持ってきたよー」
木製のドアをノックしながらいうと、奥から誰かの足音がしました。
お父さんの話に寄れば、おじいさんは起き上がれないはずです。
赤ずきんは少し疑問に思いましたが、風邪がよくなったのだろうと思うことにしました。
「入るね、おじいちゃん」
ドアを開いてみると、赤ずきんは驚きました。
ベッドにおじいさんが寝ています。では、さっきの足音は何だったのでしょう。
「おじいちゃん、大丈夫?」
持ってきた籠をベッドサイドにおいて、赤ずきんはおじいさんを揺さぶります。
おじいさんは最初何の反応もしませんでしたが、やがて大きくむせました。
「よかった、死んじゃったかと思った」
ほっとして言うと、おじいさんは注意深く辺りを見回しながら人差し指を立てて見せます。
赤ずきんは黙って、おじいさんを見下ろしました。
「いや、死ぬところだったよノーチェ。気をつけて、まだ家の中にいるかもしれない」
じっと辺りを見回しているおじいさんに、赤ずきんは首をかしげて見せました。
「何が?」
小声で囁いた瞬間、後ろで誰かの気配を感じ取りました。
「俺が!」
振り返った瞬間に目に映ったのは蒼い髪をした狼で、赤ずきんは思わず悲鳴を上げました。
おじいさんは孫の赤ずきんを守るために起き上がろうとしましたが、弱りきった身体ではそれもできません。
「思ったより上玉! 今日の晩飯決定だ。さて、どう喰おうか?」
狼は赤ずきんを壁際に追いつめ、下品な笑みを浮かべます。
「ちょ、あなた誰? 誰か助けて!」
狼は赤ずきんの両の手首を、いとも簡単に壁に押し付けてしまいます。
それも、片手で。
開いたほうの手で赤ずきんの赤いバンダナをするりと解き、狼はにやにやと赤ずきんを見下ろしています。
「貴様、孫に手を出したら…… ゲフッ」
おじいさんは咳き込んで、苦しそうにします。
「うっせーよジジイ。黙ってな。あー、風邪うつすなよ、俺に」
面倒くさそうに言いながら、狼は赤ずきんの首筋に触れました。
「あー、今喰いたくなってきた」
舌なめずりしながら、狼は赤ずきんの髪を指先でいじります。
赤ずきんは、恐怖に怯えてぎゅっと目を閉じました。
狼はそんな赤ずきんの細い首筋に食いつこうと、ゆっくりと顔を近づけています。
と、そこに。
「いやがったな、低俗卑猥オオカミ! ぶっ殺す!」
窓を破って、一人の青年が家に乱入してきました。
おじいさんの知り合いの猟師です。(知り合い?/by観客)
猟師は大きな猟銃を狼に向け、一発撃ちました。
相当気が立っているのか、猟師は容赦なく二発目も三発目も撃ちます。
「おおっと、させないね」
狼は銃弾をさらりとかわし、赤ずきんを抱え上げて家を出ようとします。
すると猟師は猟銃をその場に捨て、上着の内側から二丁の拳銃を取り出しました。
「これなーんだ」
猟師はにっこりと笑い、二丁の拳銃を同時に構えます。
「うわ卑怯くせえな、それは俺のだ! しかも実弾入ってる、俺死ぬ、死ぬって! 撃つなぁ!」
狼がうろたえたすきに、赤ずきんは身をよじって逃げます。
逃げた赤ずきんは、震えながらおじいさんの傍へ行きました。
そのまま、赤ずきんはベッドサイドに座り込んでしまいます。
おじいさんは赤ずきんの頭をなで、ほっとしたように微笑みました。
猟師は赤ずきんが安全地帯に逃げたことを確認すると、いきなり狼に向けて発砲します。
笑顔を消して精悍な顔つきになった猟師は、二丁の拳銃で狼を追い詰めました。
「やだなあ狼君、人聞きの悪い。君の方がよっぽど汚いじゃないか」
ダンダンダンダン!
響くのは、機関銃並みに絶え間ない銃声。
狼は蒼白な顔で銃弾を避け、恐怖におののきながら猟師を見つめています。
やがて、狼は部屋の隅に追い詰められました。
猟師が、ゆっくりと銃口を狼に向けます。
「グッバイ」
―――ダンッ。
猟師の銃弾が見事に命中し、狼はその場に崩れ落ちました。
赤ずきんは立ち上がってスカートのほこりを払い、猟師に頭を下げます。
「助けてくれてありがとうございます」
赤ずきんが微笑んで見せると、猟師は照れたように笑いました。
そして、ぐったりと倒れている狼を抱え上げ、家の外に放り出しました。
「狼は僕が殺しちゃったから、もう大丈夫。安心してね」
照れ笑いしながら平然と『殺しちゃった』などと言う猟師に、赤ずきんはちょっと感心しました。
猟師って、凄い職業ですね。
「おじいちゃん、お大事にね。差し入れ、ここにおいたから」
「ありがとう。ノーチェも、また襲われないように気をつけて帰ってね」
おじいさんと言葉を交わし、赤ずきんは家をでようとしました。
もう狼もいないことですから、安心して帰れます。
ですが、
「セルジ、孫を家まで送っていってやってくれないかな」
おじいさんはベッドに寝転んだまま、猟師に言います。
やはり、保護者として不安なのでしょう。
「お安い御用。じゃあ道案内お願いね、お嬢ちゃん」
猟師は床に投げ捨ててあった猟銃を担ぎ、赤ずきんを振り返りました。
赤ずきんは頷いて、猟師と一緒に家を出て行きます。
戸口に倒れていた狼が握っていた赤いバンダナを取り返し、赤ずきんは街へ向かって歩き出しました。
その後、おじいさんは全快しました。
赤ずきんは彼の全快祝いに、ワインを届けに森へ行きます。
髪には赤いバンダナをつけて、腰には猟師から貰った一丁の拳銃を下げて。
軽やかな足取りで、目指すのは森の庭付き一戸建て。
復活した狼が森の小道で少年をからかって遊んでいるところを偶然にも赤ずきんが目にするのは、数分後のお話。
終幕。
ナレーターのクライドが一礼すると、会場からは拍手が沸きあがる。
役者として舞台にいたハビたちは、揃って舞台に並んで一礼した。
舞台から降りる途中にセルジがマーティンの足をわざと踏みつけていたのは、見なかったことにしようか。
マーティンとレンティーノと一緒に、割り振られていたテーブルについた。
宴会場は座敷になっているので、テーブルの下には座布団が敷いてある。
ハビは、適当にあぐらをかいて座った。
見れば、隣のテーブルには、紺碧キャストの英樹たちがいる。
彼らは楽しそうに笑いながら、劇の感想を述べてくれたりした。
ハビはそれに笑顔で答え、むすっと黙り込んだマーティンをちらりと見る。
「マーティン、君の演技良かったって英樹が」
「やめな、やめな。劇なんざ二度と御免だ」
本当に面倒臭そうにそういうマーティンに、レンティーノが紙パック入りのオレンジジュース(果汁百パーセント)を手渡している。
「何でオレンジジュースなんだ?」
「未成年者の占める割合の方が多いのですよ、今日の忘年会は。私達六人にしてみましても、半数が未成年ですし」
「関係ないね、酒もってきな」
酔った親父のような台詞を吐きながら、レンティーノにオレンジジュースを突っ返すマーティン。
彼を見て、ハビはため息をついた。
オレンジジュースを持ったレンティーノは少し迷ってから、紙パックにストローを突き刺す。
「喉が渇いてるときに酒なんか飲む? 普通」
呆れ気味に言って見ると、マーティンはにやりと笑う。
いつもどおりの、皮肉な笑み。
舞台の上で慌てていたあの『狼』はどこへいったのやら。
「俺は普通じゃないからな」
「あ、そうか」
……彼の台詞に、妙に納得できたのはどうしてだろう?
小道具やセットを片付けていた三人が戻ってきたので、ハビは彼らに声をかけた。
「おかえり」
言うと、明焔は笑顔でレンティーノとハビの間に座った。
セルジとノーチェはハビに微笑を返しながら、ハビの正面に座る。
「セルジ、撃つの下手だね。セット穴だらけだよ」
銃を構えるジェスチャーをしながら言うと、セルジは苦笑した。
「本気でマーティンをしとめちゃったら、ちょっと問題でしょ」
確かに。
だが、さっきのはちょっと撃ちすぎだと思う。
あれでは、お世辞にもセルジが腕利きの猟師だとはいえないだろう。
「それにしても、俺の銃を使いやがるとは」
不服そうにマーティンは言い、大きくため息をつく。
そしてタバコを吸おうとして、背後にいた英樹に止められた。
舌打ちしながらタバコをしまい、マーティンはセルジに向かって無言で手を出した。
セルジはにっこりと笑い、小道具として勝手に没収していた拳銃をマーティンに返す。
「君がノーチェに必要以上に触れていたからだよ、マーティン」
セルジの声が、心なしか冷たくなった。
対するマーティンはにやりと笑い、タバコを取り出そうとしてやめる。
さっき英樹に止められたことを、忠実に守っているようだ。
「ノーチェはなかなか良い女だからな」
彼がそう軽口を叩いた途端、セルジが小道具の猟銃(実弾は入っていない)をマーティンに向けた。
銃を向けられたマーティンの背後にいたのは康明だったが、康明は呑気に酒のつまみを食べていた。
故に、背後で人が撃たれようとしているのに全く気づいていない。
まあ、どうせ撃たれても音がするだけなのだが。
マーティンは銃が偽物だと解っていても、肩をすくめて両手を挙げてみせる。
「怖いねえ? 安心しな、もう二度とてめえの女には手を出さねえ」
「当たり前でしょ」
苦笑しながら銃を降ろし、セルジはノーチェをちらりと見る。
そして、銃を自分の背後に置きながら微笑んだ。
「ノーチェ、どうだった?」
セルジとマーティンの攻防を苦笑しながら見ていたノーチェだが、問いかけに反応してセルジの方を見て、苦笑を楽しげな笑みに変える。
「なんか、監督に指図されないですむお芝居って本当に楽しい」
「さすが女優。この劇、楽しんでたんだね」
思ったことを言ってみれば、ノーチェは照れくさそうに笑った。
今日は、楽しい忘年会。
来月には、新年会が入ってくる。
明焔はクライドを見つけても、『魔力ちょうだい』とは言いに行かない。
本編をそれてしまえば、明焔もクライドも仲良くやっていけるのではないだろうかとハビは思う。
いつのまにか、司会がステージに立っていた。ハビはグレンを注視する。
次は、何をやるのだろう。
「あい、次。カラオケ大会」
……出た。絶対に、ここで酔った誰かがマイクを占領する。
そしてハビも、誰かに無理矢理マイクを押し付けられて歌うハメになりそうだ。
会場がどやどや騒ぎ始めた。
個人的には、グレンの歌を聴きたいとハビは思う。
が、誰かが席を立った。
明焔だ。
「一番、明焔! 『天城越え』歌いまーす!」
酔ってもいないくせに、今の明焔はかなりテンションが高い。
いや、違う。
酔っていないというのはただ先入観から出た言葉で、明焔のグラスに入っている液体は間違いなくビールだ。
大方、マーティンが飲ませたのだろう。本当に、マーティンは駄目な大人である。
だからハビは、つい父親にでもなったような気持ちでマーティンに接してしまうことがあるのだが。
それにしても、『天城越え』だなんて。
選曲が微妙すぎる。
「んじゃあ、カラオケマシーンの準備が整い次第、明焔の『天城越え』から始めるぜ」
グレンは楽しそうに笑いながら、ステージを降りる。
カラオケマシーンの準備はすぐに整いそうだ。メカに強い明焔が、自らセッティングしにいったから。
ハビは順番が回ってきたときに困らないよう、脳内で選曲を始めた。
まだまだ続く忘年会。
楽しい夜は、まだ終わらない。
END。
シメが微妙です。いつものことだけど。
あー、テンション高かった。
ここまで読んでくださった方、妙なテンションについてきてくださって本当にありがとうございます。
07/01/03/(01/17、微妙に手直し)
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