いらっしゃい、また来てくれたんだね。
外は風が強かったでしょう。ゆっくりしていってね。
そうだね、そろそろ君も常連さん扱いできる頃かな。
この店の常連客は、大体が変わり者なんだ。
中には普通の学生さんや主婦の方なんかもいたりするけれど、誰もが個性的でとても楽しい人たちだよ。
今日はその変わり者の中でも特に変わっている、変人の話をしようか。
Welcome to the Cafe Rogette!
常連客は、大体来る時間が決まっている。だから僕に寝坊や遅刻は許されないし、仕事を切り上げるのが早すぎるなんてこともあってはいけない。
「やあハビぃ、おはよう!」
「おはよう。今日は早いね」
ほら、こんな風に。常連客が突然、突拍子もない時間にやってきてしまうこともあるんだ。カフェをやっていくのも、なかなか大変だ。
「今日は仕事が速いんだ、六時から収録」
「だからって、五時に? やれやれ、早くきておいて正解だったよ」
「眠気覚まし一杯頼むよ。昨日は寝てないからね」
「全く。それじゃ身体が持たないよ、カルツァ」
かの有名なロックシンガー、カルツァ=フランチェスカ。初めて出会った日、彼はファンの熱烈な追っかけに耐えかねてここに転がり込んできた。かくまってやったら、彼はそのまま毎日来てくれるようになった。……時間帯は、いつもばらばらだけれど。
最近のカルツァは、営業時間内に来てくれない日のほうが多い。彼は僕を深夜にたたき起こしたりするし、酷い日は知らない間に自宅にいたりする。
まあ、彼は常連客というより友達だから、別に嫌ではない。けれど、貴重な睡眠時間を奪われるのは困る。
「はい」
カルツァは本当に、僕の珈琲が好きらしい。差し出してやると、嬉しそうに微笑しながらカップを手に取った。
「営業時間、何時から何時までだっけ」
「七時半から、七時まで」
答えてみれば、カルツァはかたまった。そして、ふわりと笑みを浮かべて見せてくる。
「ごめんよハビ」
いつもなら、この時間はエナークの研究所にいるはずだ。そして、飛行機で戻ってきてすぐに店を始めるんだ。けれど、今日は明焔のほうから「休んでいい」って言われているから、いつもより早く店を開けていた。
こんな日に限って、カルツァみたいな常連がくるんだ。
「あ。久々にハビのフレンチトースト食べたい」
「はいはい。ちょっと待っててね」
フレンチトーストなんて言ったって。カルツァは食べる量が半端ではないから、絶対足りるはずがないんだ。あとから追加注文で違うメニューがくるだろうということを覚悟しつつ、僕はフライパンを火にかけた。
案の定カルツァは凄い食欲を見せ、フレンチトースト三皿とスパゲティ・ミートソースを二皿も平らげた。
これ絶対喫茶店の客じゃない。
「ふう、収録そろそろだし食べ過ぎるのもあれかな。よし、じゃあ俺行くよ」
携帯を取り出しながら、カルツァはきっちりと代金を置いていった。僕はそんな彼の背中を見送りながら、風変わりな客の残していった食器を片付ける。
カルツァ=フランチェスカの面白いところは、ここが店だろうがなんだろうが関係なしに僕を友人扱いするところ。たとえ客がわんさかいようと、その逆だろうとね。
おかげで僕は、ちょっとした有名人になりつつある。
カルツァの“芸能人意識”の無さは見事なほどで、大ヒット中の最新アルバムに入っているブックレットには、僕のことが書いてある。おかげでカルツァファンが押しかけてくるようにもなってしまったけれど、そのファン達が意外にこの店を気に入ってくれたのでちょっと嬉しい。
「ハビぃ! カルツァのカムバックだよ、心して迎えてくれ!」
午後十時、ぼうっと店で考え事をしていた時のこと。いきなりドアがあいたので吃驚して、僕は飲みかけていた珈琲をカウンターにこぼしそうになった。
「何、そのテンション」
つとめて冷静を装ってきいてみると、カルツァは楽しそうな笑顔を浮かべる。
色の白いその頬には、ちょっと赤みがさしていた。
「なんだよ連れないなあー、俺ら親友だろしんゆー!」
「……君、酔ってるね」
このままだと店の存続が危うい。瞬時に悟った僕は、とりあえずカウンターから抜け出してカルツァの元に歩く。
足元のおぼつかないカルツァは、僕を見上げて実に楽しそうにしている。
「うう、ばれちったぁ、いいなあ二百八センチぃ!」
あっはっはっはっは!
壊れたように笑い、カウンターに突っ伏して震えるカルツァ。全く、何をしているんだろう彼は。しかも、今まで彼に身長を羨まれたことなんてないよ?
「明日、仕事は?」
「久々にお休みー。俺え、明日こそ世界を……」
「意味解らないよカルツァ。今日は寝ていって」
カウンターにべったり伏せて寝そうになるカルツァを、僕はやっとの思いでたたき起こす。
僕ほどではないけれど、カルツァも長身だ。だから、こんな風に酔いつぶれていると対処に困る。
前にも一度だけ、カルツァはこんな風に酔っ払って店にきたことがあった。
あの時は仕方なく、店の床で寝ていってもらったんだ……
はあ、頭が痛くなってきたよ。またああなるのかな。
「ヘイ! 君はこのカルツァ様を何と心得る!」
「何って…… 危なすぎて放っておけない人」
「君との関係は?」
「常連客、兼友人ってところかな」
「よろしい、席に着きたまえ。出席停止!」
「はあ?」
完璧に酔っ払ったカルツァは、意味の解らない質問で僕を困らせ、それを楽しんでいる。
「これからの時代リーズナブル、偉大、ラム酒とマルガリータそしてクランベリー、ああ、なんてカクテル」
「はいはい、おやすみ」
とうとう彼が意味を成さない言葉を喋るようになってきたので、とりあえず自宅に引っ張って連れて行く。
いい年した大人の男、しかも人気歌手兼アイドル。それが、こんなところで酔いつぶれていてはたして良いのやら?
「ま、待って待ってハビ。ココアの分量が多すぎるから」
「はあ…… 酔うなら飲んじゃだめだよ」
カルツァはこの調子で、僕の部屋に着くまで意味の解らない言葉をぺらぺら吐き続けていた。
僕は適当に相槌を打ちながら、このろくでもない、楽しい常連客を寝かしつけることを考えた。そして。
彼のおかげでベッドがふさがり、僕は仕方なくダイニングの椅子に座って眠った。
次の日は一日中首が痛かったけれど、カルツァが二日酔いも訴えずに店を手伝ってくれたから良いとするか。
僕の常連さんは、結構変人だけど頼もしい友人だったりする。
END
第二弾は、常連客・カルツァ=フランチェスカの話題でした。
魔幻二章の最初の方で出てくるミュージシャンが、このとんでもなくハイテンションなお客さん(笑
もっと続けたいな、この話。次は誰を書こうかなあ。
07/03/24/
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